ある春合宿風景。
朝5時40分頃。眠さと筋肉疲労の気だるさを十分に覚え、本当にイヤイヤながら寝床で起き上がる。合宿先の旅館の雑魚寝部屋だ。隣や前にも同輩、後輩の野郎どもがもぞもぞと動き出している。皆無言。
寝床の上の洗濯紐に干してある道着をとり、着替え、外へ。道着は連日の稽古で吸った汗がある程度乾いてはいるが臭い。部屋に干した所で一晩で渇きはしない。これがまた、汗を吸いだすと一段と匂い出す。汲み取り便所のアンモニア臭とまでは行かないが、男くさい匂いと腐ったような匂いの合体版にわずかなアンモニア臭がする。
まあ大いに匂いだすのはまだ先の汗をかいた時であり、まだそこはかとなく匂うだけの空手道着を着て顔を洗いに行く。冷えた体に筋肉痛がはしる。運動をして汗をかきだすと筋肉痛は弱まる。道着が湿っていて臭い、筋肉痛がする、顔を洗って多少目が覚めたが脳みそはまだどんよりとしている、肌寒いと、不愉快極まりないことのオンパレードであり、この時間は苦役に引き連れられていく諦めた囚人の如くであった。
準備体操の後、基本稽古、そして朝のランニングとなる。思い思いの自分のペースでジョギングするのでなく、一定のペースを守り集団で走る訳で、体の練磨であるから遅い速度ではない。3,4キロ先の折り返し地点までに脱落者が出てくるのが常であった。その時の指揮者によりスピードも変わる。俺は脱落したりしなかったりの実力であった。
折り返し地点に着くと、脱落者が着くまで小休止。皆がそろってから柔軟をする。当時の柔軟は無理やり足を広げるとかではなくて、何となくやっている柔軟であり、この時はいい休憩タイムであった。
現在、俺がやっている柔軟はかなりきつい。脂汗を出しながらやる。考えてみれば大学4年間、全く役にたたない柔軟をやっていたもんだ。柔軟とは今までの限界を少しずつ超えるべく、無理やり筋を広げ伸ばすものでないと、体を柔らかくすることにならず意味がない。大学空手の流派は剛柔流空手であり、当時はハイキックがなかった為、開脚することが必須ではなかった。従って体のほぐしに毛の生えたような柔軟をやっていた。やればやるほど柔らかくなる若い体を持っていた時分であったが、実にもったいないことをしていたもんだ。
今でこそ伝統派空手の試合では上段回し蹴りや中段回し蹴りを高いポイントに取るが、当時の試合は、中段前蹴りしかポイントに取らなかった。蹴りは難しくモーションも大きくなる為、そもそも試合において蹴り技が極端に少なかった。ほとんど突きの闘いである。上段の突きを許す闘いにおいては、上段突きで決めるか、それをかわして中段突きを出すことを磨くことが勝つ為に必要であり、もっとも効果的であった。
試合に使う使わないではなく、武道としての空手において蹴り技は金的蹴りが主戦であり、バラエティあふれる蹴り技をマスターする必要はなかった。伝統型においては上段蹴りは存在せず、蹴り技自体が少ない上、せいぜいあって中段蹴りと関節蹴りである。一撃必殺の空手において上段を蹴るくらいならば、その前に突きで雌雄は決している。命を賭ける格闘にある技は、眼潰しと金的蹴りであると断じる先輩がいた。確かに、と納得していたもんだ。剛柔流の猫足立ちは、金的を前足で狙う立ち方である。腰を既に引いているので突きの威力は出ない。眼潰しと掴みを両の手のどちらでもできるように構えているというのが正しいと思う。金的を蹴り前のめりになった相手をつかんで眼潰しをするという具合だ。
さて早朝練習。柔軟を終えると時間をおかずに復路を走る。復路の方がたいていペースが速くなり、俺はしばしば脱落していた。
合宿所前に戻ると、そのスペースで拳立て、腹筋・背筋の鍛錬を行い、早朝稽古は終了する。だいたい1時間半程度であった。
朝飯を食い、しばらく休憩した後、午前10時から午前中の稽古をする。約2時間半。昼食を食い、休憩の後、午後3時から3時間ほどの午後の稽古。一日計7時間の稽古である。よくもまあ、体力が続いたものだ。午後10時くらいには寝るので、午後の稽古が終わっても寝るまでに4時間ほどしか時間がなく、何をする気も起きずひたすらに休養の為寝そべって、TVを見たり本を読んだりしていた。寝る時間が近づくと明日も続く稽古を考えて憂鬱になった。
このようにして1週間を過ごす。
午前の練習、午後の練習の具体的な中身の細部を覚えてはいない。基本、移動等は毎回行った。連続技、約束組手、型、自由組手の一連の稽古を何回となく繰り返していたことであろうと思う。また、腹筋背筋や拳立て、スクワット、当時はまだうさぎ跳びもよくやった。うさぎ跳びがほとんど鍛錬にならないということが、ある時期言われて、それからはまったくしなくなった。
スクワット300回というのを、大学時代に何回もやったことがある。今は100回やるのがせいぜいである。拳立て50回は日常のこと。今はめったにやらないが、やっても40回くらいで上がらなくなる。筋力自体はウェイトで鍛えているので昔よりはるかに強いと思うが、体重が増えたことと持久筋をほとんど鍛えていないので、回数を追うトレーニングは昔より劣る。
もっともよく合宿をやった一年があり、その年には、学内春合宿1週間の後、どこかへ行ってさらに1週間。学内で行う新入生歓迎合宿1週間、避暑地の夏合宿1週間に、例年やらない学内秋合宿もした。2回生の時か3回生の時だったがどっちだったか忘れた。例年、春合宿は1週間であり、秋合宿というのはやらない。当時の鬼監督にひたすら鍛えられていた。それだけ期待もされていた学年であったのだろう。我々の年代の対外試合の成績はかなりよかった。
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本日は日曜だが道場稽古が休みであった。運動としては風呂で体洗いながらのスクワット100回をしたのみ。昨日の道場稽古による膝の鈍痛と下半身のだるさがそのまま残っている。あるサイトで「洗髪スクワット50回」と言うのを見つけたが、同じようなことを考える空手道士がいるもんだとハタと手を打った。彼は毎日風呂に入るたびに行っているようだが、俺の場合はスクワット100回を隔日に行うことにしており、昼の間にできなければ、夜風呂に入っている時に行う。ただ単にスクワットをするのは苦痛である為、気を紛らわす為に体を洗いながらやるということ。上半身をスクワットしながら洗い終えると、今度はしゃがんだ時に膝より下を洗うという風に。気を紛らわせながらやらないと、スクワットというのはできれば避けたい退屈でしんどいトレーニングである。ただ習慣的にやらないと下半身の安定性が落ちるということを十分体験しているので、全く気が進まぬが何とか隔日にでもやるようにしている。毎日やった方が当然よりよい。