俺は今52歳。50歳前後の御同輩、気をつかれよ、として書く。
今から1年ほど前、「一過性脳虚血発作」なるものを起こして倒れ、救急車で病院に運ばれそのまま1週間入院と言う羽目になった。倒れて数分で回復していたので、入院中は元気ピンピンしており、検査入院のような感じで、非常に退屈した。
一過性脳虚血発作と言うのは、脳梗塞の一過性みたいなもので、脳の血流が悪くなり、俺の場合は右半身が不随になった。倒れこんでからは2,3分で回復して右半身が動くようになった。これが長時間に渡ると脳梗塞となり、結果右半身は不随のままとなる。脳梗塞を起こす手前の大きな警告でもあり、一定期間大事を取らないと今度は本格的な脳梗塞を起こすことがあるらしい。
若い時は倒れるまで激しく練習すれば強くなっていくと思っていた。梶原一騎のスポ根漫画で育った俺の年代は皆そうだろう。「血と汗流し・・・♪」限界を超えて倒れるのである。そうすれば強くなれる。ところが年を取ると、本当に倒れて、はいそれーまーでーよ、の世界になることを思い知ってしまった。こりゃ笑い事だよね・・・、回復した今から思えば。
その日は土曜日、暑い日差しの中午前中は芝刈りをしていた。汗をダラダラ出しながら、ビールを飲みつつ。休みの日に昼間からビールを飲むと言うのは俺の最大の楽しみである。暑いし、芝刈りもやっているし、故にビールも旨い。夜の7時から空手稽古に道場に車を運転して行かねばならなかった。ビールは進んだが、酔いも醒まさねばならない。そこで芝刈りを終えてきれいになった庭で、酔い覚ましの空手自主トレを始めた。突きの移動、蹴りの移動、各々数往復。ガラスに映る自分の姿を見つつ、技がきれいに出ているかの確認。そんなこんなで、かなりみっちりと1時間位はやったと思う。暑い日だったからその間も汗がバンバン噴き出ていた。
ビールの酔いと自主トレの疲れで、休憩としてごろごろしていると眠たくなり、トローンと気持ちのよい午睡に入った。みっちり3時間以上の熟睡だ。起きた時は午後6時。7時からの道場稽古に出る為には、もう出発しなければいけない時間だった。
非常にのどが渇いていた。トレーニングして寝て起きた所なので身体も非常にけだるい。道場に行く途中、飲むヨーグルトを買って渇きを癒した。今から思えば、その時スポーツ飲料をごくごく飲んでいれば、倒れなかったかもしれない。しかしまあそれで、のどの渇きは無くなって、いつものように500mlのスポーツ飲料を道場前の自動販売機で買って持って行った。
道場稽古。外が暑かったのでエアコンが入っていた。ところがこのエアコン、大変効きが悪い。そんなに涼しくはならないし、大勢が練習し出すと、その熱気で室温も上がる。ところが何とかエアコンを効かそうとして窓を閉め切っているので、基本稽古が終わった後、俺は酸欠状態も感じたし、そもそも暑い。もう暑くてもよいからと片っぱしから窓を開けた。外も暑いが中は熱気でもっと暑くなっていた、おまけに締め切りの酸欠。
暑い中、いつもの稽古、型から約束組手、そしてスパーリングと一連をやった。いつものごとく汗かきの俺は汗だくだ。
稽古が終わり、道場でしばらく休憩の談笑をした後、車に向かい帰り道を運転した。何故かスピードが出る。今から思えば、右半身のコントロールが段々効かなくなり始めて、細かいアクセルコントロールができなくなっていたということだ。右折すべき交差点に入り、ブレーキを踏んで止めているつもりがまだ車が止まらず動き出そうとしていたので、こりゃ危ないと思い、ギアをパーキングに入れて止めた。
さて、直進の車が無くなった時にパーキングからドライブにギアを入れようとするのだが、ギヤが動かない。全く不思議だった。これも今から思えば、右足でブレーキを踏んでいるつもりが踏んでいなかったことが原因だ。ブレーキを踏んでおかないとギアはドライブには入らない。
信号を2,3回パスしたと思う。俺の車は右折レーンに入って止ったまま。本人はなんでギヤがドライブに入らないのかと頭をひねり、ギア相手に格闘していた。後ろにつけていた車は、始めのうちは待っているが、信号がまた青信号になり、直進の車がいなくなって右折ができるのに動かない車を見て、故障車だと思い、諦めて直進レーンに車線変更しながら行くか、右折レーンを大廻りして俺の前を通って行った。クラクションは一切ならなかったから、皆紳士だったんだねぇ。
やっとこさドライブに入ったのでソロソロと右折して普通に走る。普通に走ることはまだできたようだ。信号で止まり左折することもできていた。相変わらず汗がダラダラと出、のども渇いていたのでコンビニに入った。脳の制御が効かなくなると発汗コントロールも効かなくなるそうだ。その時から家で倒れるまで、倒れてもまだ汗はダラダラ出ていた。
さて、車を降り普通に歩いてコンビニに入り、アイスコーヒーを注文しようとした。そのコンビニは、ちゃんとした豆で挽いたアイスコーヒーを用意してあり、セルフサービスで入れる。
言葉が出ない!この時が一番びっくりした。「アイスコーヒーをください」のセリフが出ないのである。レジの前に立ち、何か言いたそうな眼をしているが、何もしゃべれなさそうだから、レジの人は障害者だと思ったであろう。こちらは声が出ないことが不思議感覚、一生懸命声を出そうとするんだがひとつも出ない。レジの人と相対したのは30秒くらいだろうか、手真似でアイスコーヒーを汲む位置を示し、やっとそれで通じた。その間はマジな眼をして口をパクパクしていたことだろう。金を払いアイスコーヒーを汲む。
口がきけないことになったならば、普通はひどいショックを覚えると思う。この時の俺は、既に脳みそもが朦朧の段階に入っていたのだろう。不思議に思うがさして深刻とも感じず、アイスコーヒーを持って車に戻った。
車に戻るとまた同じパターンである。どうしてもドライブに入らない。まだ買って2年しか経っていない車だけれど、こりゃ壊れたな、と思った。2,3分の格闘の後、何とかドライブに入り、壊れたと思っている車だから非常に慎重に運転し始めた。帰路の途中で試しに声を出してみれば、声は出る。では、話せなかったあれはいったい何だったんだ、と考えつつ、声が出ることに安堵を覚えていた。
左脳の脳虚血発作の場合、言語中枢が働かず、失語症に陥る場合があると言うことは後で知った。
本日はここまで。
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