2013年1月5日土曜日

12月30日 お伊勢詣り

 2013年が明けた。

 若い頃のように志をアップデートして、目標を立てることは無くなったなぁ。50半ばに差し掛かる歳のせいではある。仕事では当然目標を立てるが、我が人生のものとなると、よしやるぞの格闘よりは安穏を求める。

 小春日和の中、ビールを相変わらず飲みつつ悠長に・・・なんだが、ちゃんと書いておかねばならんとして年末の小旅行を振り返る。

 12月30日に伊勢神宮へ行った。初めてだ。神社仏閣は数多く行ってはいるが、大学時代に橿原神宮へ行った時のことは特別に記憶に残っている。白砂利の中、現役の空手選手であった俺は、「敷島の 大和男児(おのこ)の行く道は 赤き着物か白き着物か」の歌が腹に落ちた。白砂利は塵一つなく美しく、周りはピシッと気が張っていた。こういう神気の、美しい場所で切腹と言うのは有りかもしれん、と、生と死の交差点のような空間を感じた。当時、三島由紀夫の小説にもはまっていたからね。

 伊勢神宮。よーし、全国の神社の総元締めであるからには、もうどれ程気が張るかは分からぬであろう、と期待して行った訳よ。

 雨、大雨。雨にぬれた玉砂利は白ではなく、石の色をしていた。濡れる、寒い、ただひたすらに道を急いだ。正月明ければ多くの初詣客でごった返すに違いない神殿への道は、閑散としている。参拝の薦め通りにまずは外宮へ。思いの外広くなくてすぐ本殿に着いた。ここは食物を司る神であるトヨウケビメを祀っている。別宮と言われる3つの宮もそそくさと参った。うーんまあ、どおって事はない。内宮はと言うと、バスで行かねばならない距離らしい。直通バスに乗る。

 内宮前に着いて、そう言えば今日はビール飲んでないなと思い出し、お神酒の替わりにバス停まん前の食堂で、中ジョッキ一杯。旨し。

 相変わらずの冷たい雨。まだ夕刻には遠いのに薄暗い。天照大神の元へ登る人々。地に溶け、空に溶け、雨に溶ける。俺はそう言えば酒にもよく溶けた。

 
 本殿を撮影するのは禁止である故、写真はない。本殿は茅葺き屋根の質素な小さな平屋であったが、その周りに神気が漂っている気配を感じたような・・・、それは神々しいものではなく、どこにでもあるような柔らかい気配。しかし純たるもの。田んぼの中にでもあればお吸い物の香りでも漂ってきてもよい。そういうものだ。さすがに味噌汁程までには俗ではないなぁ。我らは我らの古の神を誇りに思ってもよいかもしれない。それはカトリックの威圧するような教会建築でなく、仏教の大伽藍でもない、ただそこに在る佇まいであった。八百万の神は身近に居る。出雲大社はかなり大きかった記憶があるが、天照は優しく小さい。小さいがほんのりと広がり、そこかしこに居ることを感じさせる社殿である。ここで俺は家族の安寧を祈った。昔は、これから俺のやることを御照覧あれ、だったね。今は違う。しつこく言うが50も半ばだからな。

 参拝の後、まばらな人の波に乗って門前町?いや神前町を下る。土産物屋もあるが食い物屋の方が圧倒的に多く、軒を連ねる。神の札は社の中にあったし、人は神さんに会った後は腹ごしらえの方ということか。なにせ寒い雨、人気もそれ程なく、来るべき新年は大変賑やぐのであろうが、年末の午後3,4時頃は休憩の時間なんだろう、商売気がないのかお上品なのか、開いているのか閉まっているのかもよく分からぬ。そう言えば昼飯も食っていなかったことを思い出し、一軒ののれんをくぐったが片づけものをしているらしく、邪魔をするのもはばかられるようで踵を返した。そぞろ歩いているうちにナントカ横丁に入り、そこはオープンな飯屋が集まっていた。中々よろしい雰囲気。ビールと伊勢うどんを食す。

 伸びたうどん?いや元々こんなものか、初めて食す故分からないが、麺は柔らかくこしがなかった。しかし結構旨い。ビールにも合う。昔の人はうどんにこしが必要とかは考えなかったのであろう。小麦粉を腹に入れれば栄養だし、汁は貴重な塩分だ。ちなみに濃い醤油の色をした汁はそれ程辛くはない。その汁も全部飲むように、それがおいしい伊勢うどんの食べ方と店に書いてあり、その通りにした。

 本日はここまで。既にビール、350缶を5本。十分じゃ。次は、次の日の大晦日に行った高野山を書いておこう。

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